栗橋町
栗橋町(くりはしまち)は、埼玉県の北東部にある人口約2万7千人の町。利根川を隔てて茨城県と接する。
概要
江戸時代には日光街道が利根川を越える要地として栗橋関所がおかれた宿場町であった。国道4号・国道125号・県道さいたま栗橋線等の主要道路が交差する交通の節点である。また、歴史的な地名としての「栗橋」には現在の茨城県猿島郡五霞町の一部(元栗橋地区)を含む場合があり、古河公方家の支城・栗橋城は両町の境界線上にある(現在「栗橋城址」とされる史跡は行政区的には五霞町側に所属するが、城の一部は権現堂川右岸である栗橋町側にも及んでいた)。
歴史
* 1889年4月1日 - 町村制施行に伴い、栗橋宿が栗橋町となる。
* 1944年4月1日 - 栗橋町・静村・豊田村が合併し、栗橋町となる。
* 1949年10月1日 - 栗橋町から静村・豊田村が分割される。
* 1957年4月1日 - 栗橋町・静村・豊田村が合併し、栗橋町となる。
名所・旧跡
* 八坂神社
栗橋町の八坂神社は毎年7月の第3土日に「天王様」(てんのうさま)と呼ばれる祭を行う。八坂神社は町の北端寄りに位置するが、屋台はその南にある旧東第一小学校(現在ハクレン館)の正門が面する通りに出店する。神輿は活気に溢れ、町民の楽しみとなっている。
* ハクレン
栗橋町には毎年晩春から初秋にかけて、利根川をハクレンが遡上してくる。ハクレンは戦時中に食料として中国から国内に輸入、放流された魚類であるが、食用としては日本人の味覚に合うものではなかった。ハクレンは産卵の為に霞ヶ浦から川を遡り、日本で唯一利根川の栗橋町流域で大ジャンプを起こす。原因には諸説あるが、どれも定かではない。2004年度は何らかの原因でハクレンが大量に死滅し、遂には栗橋でジャンプが確認されなかったという事態が起きた。
* 静御前の墓
当地の伝説によると、源義経を追ってきた静御前は文治5年5月、茨城県古河市下辺見(しもへみ)で義経の死を知り、当時栗橋にあった高柳寺(現光了寺。古河市中田)で出家したものの、慣れぬ旅の疲れから病になり同年9月15日に22歳で亡くなったとされる。栗橋駅東口には静御前の墓と義経の招魂碑、さらには生後すぐに源頼朝によって殺された男児の供養塔がある。毎年9月15日には「静御前墓前祭」と称する追善供養が、また10月第3土曜には「静御前まつり」と呼ばれる祭が行われる。「静御前墓前祭」では邦楽の演奏が、「静御前まつり」では義経・静御前・白拍子などによる華やかなパレードが行われ、ともに町の新しい名物になりつつある。
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