三芳町
三芳町(みよしまち)は、埼玉県の南にある人口約3万7千人の町.。サツマイモの生産でとして知られる。
歴史
町名は、伊勢物語からとられている。明治22年の合併の際に三芳野村とする予定だったが、先行して他に同名の3村が埼玉県内に誕生しており、県から多すぎるために変更を求められ野を省き三芳村とした。なお三つの三芳野村は、その後合併で廃止している。
沿革
* 1889年(明治22年)4月1日 - 入間郡上富村、藤久保村、竹間沢村、北永井村の4村が合併し三芳村が成立する。
* 1970年(昭和45年)11月3日 - 町制施行により、三芳町となる。
概要
* 東京に最も近い「町」で、ベッドタウンとしての開発発展も進みつつある。上福岡市、入間郡大井町(以上、現・ふじみ野市)及び富士見市との合併の計画があったが、住民投票の結果、富士見市では合併賛成が上回ったが、上福岡市・大井町では住民投票成立の条件とした投票率が規定に満たずに不成立、三芳町では住民投票は成立したものの合併反対が賛成を上回ったため、合併協議は中止になった。地方交付税不交付の財政優良自治体として、単独市制を目指しているが、交通改良などの面で問題点も多いと思われ、周辺市とともに首都圏のベッドタウンとして増大する交通面での歪みが大きくなりつつある。今後の動向が注目される。
* なお、富士見市との境界線の入り乱れが激しく、目の前に富士見市立つるせ台小学校がありながら、歩いて15分かかる三芳町立藤久保小学校に通学を余儀なくされている児童も多い(この事は旧大井町の境界の入り組みとも同じ)。富士見市立西中学校は、敷地が三芳町内にあるため、公共料金を三芳町に納めている他、正門前のマンションに住む生徒が、畑の中の道を歩いて三芳町立東中学校に通学することを余儀なくされている。そもそも三芳町の住宅地は、鶴瀬やみずほ台など、富士見市内の駅を中心に開発されたものであり、学区の弾力運営や、コミュニティーボランティアへの相互受け入れなどを進める必要があると言えよう。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

