大多喜町
大多喜町(おおたきまち)は、千葉県夷隅郡にある町。大多喜城に徳川四天王の1人、本多忠勝がいたことでも知られる。
地勢
千葉県の南部、房総半島中央部に位置する。東西約12km、南北約19km、千葉県の町村で最も広大な面積を持つ。また森林が面積の約70%を占める。南西部は山がちで北東に向かうに従い標高は低くなっている。主な河川である夷隅川は北東に蛇行しながら流れ、養老川は西部を北に流れる。
合併前
大多喜地域は戦国時代から城下町として繁栄した。応仁の乱以後守護大名が台頭し、長南の武田氏、万木の土岐氏、小浜の槍田氏、安房の里見氏がこの地方で衝突していた。小田喜根古屋城は1544年(天文13年)武田氏から里見氏の武将正木時茂が取って代わり、里見氏の支配を受けた。1590年(天正18年)徳川四天王の1人本多忠勝が10万石を与えられ約11年間領知した。忠勝は里見氏に備えて城を整え、城下町の整備、六斎市の開市を企てた。本多氏以後たびたび城主が替わり、1703年(元禄16年)から松平氏が9代続いたが、大多喜地域の大部分が他藩領、旗本知行地として支配を受けた。明治維新により大多喜県、木更津県、千葉県と行政区画が変遷し1889年(明治22年)老川村、西畑村、総元村、上瀑村、旧・大多喜町が誕生した。しかし、大多喜地域は次第に衰退し財政力が豊かではなかった。そこで、町村規模の適正化、福祉の推進、地方自治の発展、行財政の強化の為旧5町村が町村合併促進法により合併し、現在の大多喜町が誕生した。
合併後
* 1930年4月1日 - 国鉄木原線(現・いすみ鉄道いすみ線)が開業。
* 1954年10月5日 - 旧・大多喜町、総元村、西畑村、上瀑村、老川村が合併し、現在の大多喜町が誕生。
* 1970年7月1日 - 集中豪雨で大多喜116mmの雨を観測。当時の総理大臣佐藤栄作が来町。
* 1975年9月10日 - 千葉県立総南博物館(大多喜城)開館
* 1975年9月28日 - 第1回お城まつり
* 1978年8月3日 - クエルナバカ市と姉妹都市提携
* 1979年5月24日 - 弘文洞が崩壊
* 1995年10月1日 - 荒川区と友好交流協定
* 1997年10月1日 - おおたきショッピングプラザオリブ竣工式
* 2001年8月10日 - 商い資料館が開館
* 2004年 - 房総中央鉄道館が開館
* 2006年 - 千葉県立総南博物館が千葉県立中央博物館大多喜城分館と改称
名所・旧跡・観光スポット
* 大多喜城(千葉県立中央博物館大多喜城分館。千葉県指定史跡)
* 養老渓谷
o 粟又の滝(高滝)、中瀬遊歩道、弘文洞跡
* 麻綿原高原
* 妙法生寺 ・・・ アジサイ寺として親しまれている
* 千葉県薬草園
* ハーブアイランド
* 房総中央鉄道館
* 大多喜町商い資料館
* 渡辺家住宅
* 千葉県立大多喜県民の森
* たけゆらの里大多喜(道の駅)
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