我孫子市
我孫子市(あびこし)は、千葉県北西部の市である。
概要
利根川と手賀沼に挟まれた、茨城県との境に位置する。常磐線と成田線、国道6号と国道356号が分岐する交通の要衝。近郊農業地域であったが、1970年代からは住宅都市(ベッドタウン)として発達し、市内各駅を中心として戸建て住宅やマンションなどの住宅地が広がっている。特に、市の中心駅である我孫子駅周辺の「PROJECT MOTHER」を中心としたマンション建設ラッシュは目を見張るものがあり今後の人口増加が期待される。また、現在でも利根川沿い・手賀沼沿いを中心とした稲作、台地上での野菜の生産が盛んに行われている。
市の行政は、市の全事業の民間委託・民営化を募る「提案型公共サービス民営化制度」や、団塊世代の人々が退職後も地域で活躍できるようサポートする「ようこそ地域活動50代60代のためのインターンシップ」など特色ある施策が多く、全国的にも有名である。
江戸時代には水運が栄え、特に東端の布佐地区は利根川の主要な河岸であった。しかし明治時代に常磐線・成田線がそれぞれ開通したため、水運の繁栄は失われた。その後、大正時代から昭和初期にかけて我孫子は「北の鎌倉」と称され、志賀直哉、武者小路実篤、柳宗悦、バーナード・リーチなど多くの著名な文化人が居を構えたり、別荘を持ったりした。
地理
千葉県北西部東葛飾地域の利根川と手賀沼に挟まれた海抜約20mのなだらかな台地が東西に約14km、南北に約4km〜6kmにわたってひろがり、南東部の手賀沼沿いと北西部の利根川沿いは平らな水田になっている。南東は印西市、南西は手賀沼をはさんで柏市、北は利根川をはさんで茨城県取手市、利根町と隣接している。都内からは40km圏内に位置している。
柏市、取手市との関係
* 我孫子市は隣接する柏市との関係が非常に深く、自動車のナンバー「柏」や県立高校の学区が共通なほか、共同で手賀沼の環境問題に取り組んでおり、手賀沼花火大会も共同主催である。
* また、茨城県取手市との関係も深い。現在、我孫子市内には温水プールがなく、取手市にはナイター設備が備わった野球場やテニスコートがない。これらの問題を解消するため 2001年から、取手市民が我孫子市の市民体育館・老人福祉センター「つつじ荘」、我孫子市民が取手市の「グリーンスポーツセンター」をそれぞれ市内料金で利用できるようになった。
歴史
旧石器時代より人類が住んでいた痕跡が確認されており[1]、江戸時代には利根川の水運が隆盛したこと、水戸街道沿いに我孫子宿ができたことで、交通の要衝として大きく発展した[2]。明治時代に入り鉄道や自動車、汽船などの交通機関が発達するにつれて、利根川の水運は衰退し、一時街も寂れたが、JR常磐線、成田線の開通に伴って再び活気を取り戻した。
* 1955年(昭和30)4月、我孫子町、湖北村、布佐町が合併し我孫子町が誕生。
* 1970年(昭和45)7月、市制施行。全国で565番目、県下で22番目。
* 2000年(平成12)5月、降ひょうにより大きな被害。テレビ報道される。
* 2002年(平成14)4月、平成の大合併の流れで周辺の柏市、沼南町と共に「柏市・我孫子市・沼南町まちづくり研究会」発足。
* 2002年(平成14)12月、手賀沼、全国水質ワースト1を返上。
* 2003年(平成15)2月、住民の反対などから「まちづくり研究会」を離脱、合併を白紙に。
* 2007年(平成19)1月、福島浩彦市長の任期満了に伴う我孫子市長選挙で、星野順一郎氏が当選。
同じ「我孫子」の付く地名
著名な我孫子として、大阪市住吉区にも「我孫子」という町名がある。周辺地区を走る大阪市営地下鉄御堂筋線(大阪市交通局)の駅にもあびこ駅が、JR西日本阪和線には我孫子町駅がある。このようなことから、関西在住の人なら「我孫子といえば大阪市の一番南の方」関東在住の人なら「我孫子といえば千葉と茨城の県境の方」と、人それぞれでイメージが異なってくる。なお、全国的な知名度においては、東京地下鉄千代田線の直通列車の実質的な終着駅であること、かつて日本一汚い沼として知られた手賀沼があることなどから、千葉県の我孫子のほうがどちらかといえば高い。ちなみに、チェーン店などで双方に同じ店舗がある場合には「住吉我孫子店」「千葉我孫子店」などと区別する傾向がある。また、難読であることもあり、平仮名表記で「あびこ」としている施設・店舗も双方に存在する。
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