銚子市
銚子市(ちょうしし)は、関東地方の東部、千葉県の北東部にある市。全国屈指の漁港の町でもある。市の北部には利根川が流れており、銚子市で太平洋に注ぐ。
地名の由来
本来「銚子」は地名を指す物では無く、利根川の河口を指すもので「銚子口」と呼ばれていた。「銚子」とは小さなつぎ口を持つ酒器の一種(徳利では無い。)で入り口が狭く、中に入るとより広い空間が拡がる地形に良く似ている為「銚子」という地名がついたとされる。「銚子」が行政区画名として町名に使われたのは、明治22年(1889年)4月1日「市制町村制」が施行されてからである。
銚子漁港
現在、銚子漁港は日本随一の漁獲量を誇る漁港となっているが、嘗ては日本の三大海難所の一つに数えられた所であった。利根川の河口付近に千人塚(銚子市川口町2丁目)というところがあり、1616年(慶長19年)10月25日銚子沖に吹いた突風によって亡くなった千人以上の漁民を葬った場所と言われている。昔の利根川河口付近は川幅が狭く、川底には大きな岩があり、その上水深が浅く、干潮時と満潮時の潮の流れは急で、一年中風が強く吹き波が荒い場所であった。明治43年3月12日には、漁船80隻、漁民千人以上が遭難した。 当時の船頭歌で「阿波の鳴門か銚子の川口、伊良子渡合が恐ろしや」などと諷されていた。 何度も遭難が繰り返される中、銚子の町人や漁民らの間から河口を広げ水深を深くし、安心安全な漁港を造って欲しいという要望が上がり、銚子醤油株式会社(現・ヒゲタ醤油)社長の濱口吉兵衛を千葉県水産株式会社取締役社長に抜擢し、安全な港に修築できるように、県や国に訴えて貰う事にする。以後、県や国が調査し、川底の爆破をし水深を深くする事を試みるものの、返って流れが急になり、やむなく中止する。別の案では、救助砲(救助ロープを打ち出す砲台)を設置するものの、いざ使用してみると、船まで届かず全く意味を成さなかった。以後、吉兵衛は悩み、漁民を危険な状況から救う為、また、国へこの実情を訴える為に国会議員になる決意をする。その後、国会議員となった吉兵衛は、千葉県議会議員であった小野田周斎と共に銚子漁港改修に全力を注ぎ、銚子港修築案がついに国会を通過、国からの援助を得る事が決まった。1925年(大正14年)12月修築工事が始められ、1932年(昭和7年)11月竣工した。 1937年(昭和12年)吉兵衛の功績を讃え、新生河岸公園に銅像が建立されたが、1943年(昭和18年)、戦時供出された。しかし、1955年(昭和30年)銅像は再建された。
人口の減少化
銚子市の人口減少率は県内3位となっており、近年の少子高齢化を反映していると言える。かつては、東総地域の中心的都市としての役割を担っていたが、現在、近隣の旭市や茨城県神栖市などに雇用口や商圏などが移り、市内の活気は薄れ、観光や水産業などの面でも頭打ちの状態が続いている。銚子市の半島特有の交通の便の悪さなども起因しており、今後も人口減少が進むとみられている。
テレビドラマ
* 『港町純情シネマ』 (1980年、東京放送〔TBS〕、主演・西田敏行) - 外川の映画館を舞台にしたドラマ。脚本の市川森一はこの作品で芸術選奨文部大臣新人賞を受賞。
* NHK連続テレビ小説『澪つくし』 (1985年、日本放送協会〔NHK〕、主演・沢口靖子)
* 『コーチ』 (フジテレビジョン系列のドラマ、主演・玉置浩二) - 缶詰のヒット商品「サバカレー」は、この番組から生まれた。
* 『このまちだいすき』第一シリーズ(シラベル編) (1992年4月 - 1994年3月、日本放送協会〔NHK〕、主演・東善智) - 小学校社会科第3学年用の学校放送番組であり、銚子市の紹介に貢献したことで「番組の主人公」に対して市から感謝状が出ている。
* NHK教育テレビジョン道徳番組「さわやか3組」(2002年4月〜2003年3月、日本放送協会 NHK教育、出演・丸茂逸朗、池田恭祐、貞方徹、三尾玲央奈、山田さくや、大谷英莉)
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