八丈町
八丈町(はちじょうまち)は、東京都の島嶼部、伊豆諸島の南部に位置し、八丈島および八丈小島を町域とする町。ただし、現在は八丈小島は無人島である。
歴史
* 1908年4月1日 - 町村制が施行され、八丈支庁の八丈島に大賀郷村・三根村・樫立村・中之郷村・末吉村が設置され、八丈小島に鳥打村・宇津木村が設置される。
* 1954年10月1日 - 三根村・樫立村・中之郷村・末吉村・鳥打村が合併し、八丈村となる。
* 1955年4月1日 - 八丈村・大賀郷村・宇津木村が合併し、八丈町となる。
* 1966年3月 - 八丈小島の住民から八丈町議会に「移住促進、助成に関する請願書」が提出される。6月に八丈町議会が請願を採択。
* 1967年9月 - 八丈町から東京都に対し「八丈小島の全員離島の実施に伴う八丈町に対する援助」の陳情が行われる。
* 1968年10月 - 土地買収に関する住民との協議が成立。
* 1969年6月 - 八丈小島全島民の移住が完了(全島民撤退時の島の人口は旧宇津木村9戸31人、旧鳥打村15戸60人)。「全国初の全島民完全移住」として注目された。
地域
現在の八丈町は大賀郷(おおかごう)、三根(みつね)、樫立(かしたて)、中之郷(なかのごう)、末吉(すえよし)の五集落からなる。これらの集落は1908年に八丈支庁が設置され、八丈島に町村制が施行された時は、それぞれが独立した自治体(村)であった。八丈富士と三原山の中間にある平野部に存在する大賀郷と三根をあわせて坂下地区、三原山周辺にある樫立、中之郷、末吉をあわせて坂上地区と称することもある。町の人口約九千人の内、約七千人が坂下地区に在住している。
八丈富士周辺は大賀郷と三根に属し、通称永郷(えいごう)地区と呼ばれている。かつては多数の農家が入植し、小学校の分教場が置かれたこともあったが、現在は農家が僅かに存在するだけである。
地方ではよくあることだが、各集落内は部落と呼ばれる更に細かい区域分けがされている。秋に各地区で行われる運動会では部落対抗リレーが行われたり、祭礼も部落ごとに行われることがある。
一口に八丈島といっても、集落毎住民の気性に明らかな違いがある。また、言葉についても、地元の住民によると、同じ坂下地区でも大賀郷と三根では微妙にイントネーションが異なるとされている。
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