南区 (横浜市)
南区(みなみく)は、横浜市を構成する18区のうちのひとつで、中区から分離した際に中区の南にあることから命名された(のちに西区が中区から分離しているので現在の中区から見ると西にある)。
地理
区の中央部を京浜急行電鉄、鎌倉街道(神奈川県道21号横浜鎌倉線)が南北に縦断して通っている(鎌倉街道地下部には横浜市営地下鉄も通っている)。北部には首都高速道路狩場線、西部には横浜横須賀道路が走っている。幹線道路周辺では大きなビルやマンションが建ち並ぶが、それ以外のところでは大半が住宅地である。区内には大岡川が流れており、春になると沿岸は多くのサクラが咲き誇る。南部にある弘明寺は横浜市の寺としては最古の寺であり、弘明寺観音とも呼ばれる。かつて真葛焼の窯場があった。清水ヶ丘公園は横浜高等商業学校、横浜国立大学教育人間科学部附属横浜中学校は横浜高等工業学校の跡地である。
歴史
* 三浦氏一族の平子氏が、堀の内一帯に居住、菩提寺の宝生寺は1171年創建。同寺保管の古文書の中に、「横浜」の地名が出てくる最も古い文書(1442年)がある。
* 現在の横浜英和女学院一帯に奥州吉良氏の一族・吉良頼康が住し、「蒔田殿」と呼ばれた。
* 1863年井土ヶ谷事件がおこる。
* 1889年4月1日 町村制施行に伴い久良岐郡戸太村、中村、大岡川村が誕生。
* 1901年4月1日 久良岐郡戸太町、中村が横浜市に編入。
* 1911年4月1日 久良岐郡大岡川村のうち現在の南区になる地域が横浜市に編入。
* 1927年4月1日 久良岐郡大岡川村(現在の港南区になる地域)、日下村(現在の港南区・磯子区)が横浜市に編入。
* 1927年10月1日 区制施行に伴い中区になる。
* 1936年10月1日 鎌倉郡永野村を編入。
* 1943年12月1日 戦時配給制度の手続の軽減を図るため、寿・大岡両警察署管内の各町を中区から分離して南区が誕生。
* 1969年10月1日 南区の南部(港南支所管内)を港南区として分離。ただし下永谷町字山谷の大部分は六ツ川四丁目と改称し、南区に残留。
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