小笠原村
小笠原村(おがさわらむら)は、日本の最南端・最東端に位置する村。エコツーリズムで知られている。
概要
小笠原諸島に属する太平洋に散在する30余りの島々を村域とするが、一般住民が居住しているのは父島と母島のみである。気候は聟島列島・父島列島・母島列島・西之島では亜熱帯、火山列島・南鳥島・沖ノ鳥島では熱帯の、海洋性気候である。 父島の年平均気温は摂氏23.0度、年間降水量は1280mm[1]。長らく日本国内で唯一、津波以外の気象警報・注意報が発表されない地域であったが、2008年3月から予報が開始されることとなった[2]。
伊豆諸島の町村と同様に所属する郡が存在しない。従って「東京都小笠原村」が正式な表記である。(アマチュア無線などの世界においては「東京都小笠原支庁小笠原村」と表記されることがあるが、「小笠原支庁」は東京都の出先機関であり、北海道の支庁と同様に住所表記としては間違いである)。 村の主な機能は父島に集中しており、人口が最も多い。
プロ野球読売ジャイアンツに所属する小笠原道大が観光親善大使を務めている。
地理
* 東京都心から小笠原村の中心である父島までは、約1,000km離れている。
* 山: 中央山(318m・父島)、乳房山(463m・母島)
歴史
歴史については、小笠原諸島・小笠原支庁も参照のこと。
* 1940年 島嶼町村制の適用により、小笠原支庁の父島に大村・扇村袋沢村が、母島に沖村・北村が、硫黄島に硫黄島村が設置される。
* 1946年 アメリカ軍の直接統治の下におかれる。
* 1952年 サンフランシスコ講和条約により、5村は日本政府の行政から分離され廃止。アメリカの信託統治領となり引き続きアメリカ軍管理下に置かれる。
* 1968年6月26日 アメリカ軍から返還、本土復帰すると同時に小笠原支庁の全村が合併し、小笠原村となる。
産業
* 主な産業
o 本土とは独自の生態系を持つ小笠原の自然に着目した観光が主産業である。
o 村おこしとして、村や農業協同組合などが出資した小笠原ラム・リキュール(株)がラム酒を生産している(小笠原には明治期よりラム酒を飲む習慣がある)。
o コーヒーの商業栽培が行なわれている。(日本では小笠原と沖縄のみ)
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