都筑区
都筑区(つづきく)は、横浜市を構成する18区のうちのひとつで、港北ニュータウンを中心とする旧港北区の北西部(山田、中川、茅ヶ崎地区等)と旧緑区の北東部(川和、池辺、東方、荏田南、荏田東地区等)からなる。 農家数では市内18区中最大である。
地理
南部の鶴見川沿いを除いて全域が丘陵地帯であり、起伏はなだらかだが高低差は大きい。東部を第三京浜道路、西部を国道246号、南部を鶴見川に囲まれる形になっており、中央部を横浜市営地下鉄が通っている。
* 河川: 早渕川、谷本川(鶴見川)
歴史
「つづき」の表記
「つづき」の表記は、よく「都築」と間違えられるが、正しくは「都筑」である。
かつてこの地一帯が「都筑郡」という地域であったことから、分区に際して名付けられた。都筑郡各町村が横浜市に編入されたときに「都筑郡」は消滅したが、「都筑」という地名は区名として復活。また、街作りが新しい「都を筑く」という区民の総意で進むことを願う意味も込められている。
現在の都筑区川和町には旧都筑郡役場が置かれ、かつての都筑郡の中心地であった。なお、当時の都筑郡の範囲は現在の都筑区より大きく、現在の緑区・青葉区・旭区の全域、保土ケ谷区の西谷町・上星川町・川島町・東川島町・上菅田町・新井町・今井町、港北区の高田西一丁目〜五丁目・高田東一丁目〜四丁目・新吉田東一丁目〜五丁目と八丁目・新吉田町・新羽町・北新横浜一〜二丁目、および新吉田東六〜七丁目と綱島東四丁目、太尾町の各一部、並びに川崎市麻生区の旧柿生村・旧岡上村の部分が含まれた。
沿革
* 1939年4月1日 都筑郡各町村が横浜市港北区・保土ケ谷区と川崎市に編入。当地は港北区となる。
* 1969年10月1日 港北区から緑区が分区される。中川地区は港北区に、残りは緑区となる。
* 1994年11月6日 港北区、緑区の各一部地域により、青葉区とともに都筑区が発足。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

