東京・埼玉・千葉・神奈川の賃貸物件情報トータルハウジング
賃貸マンション・アパート検索 Room Navi 賃貸センターのご案内 お部屋探しから入居まで アパートマンション賃貸経営をお考えのオーナー様へ トータルハウジング会社概要

清瀬市

Yahoo!ブックマークに登録 このエントリーを含むはてなブックマーク このページをGoogle Bookmarks に追加 このエントリを del.icio.us に登録 この記事をクリップ! イザ!ブックマーク

清瀬市(きよせし)は、東京都の多摩地域の東北部にある市。

地理

東京都から、埼玉県の新座市と所沢市の間に楔のように北へ突き出している。西の所沢市とは柳瀬川で、南の東久留米市とは野火止用水で境を隔てる。市内には金山緑地公園など緑地が多く、緑地面積は市域の約46%を占める。

歴史

清瀬市域に最初の人類が現れたのは、ヴュルム氷期の約2万年前である。下宿強清水(したじゅくこわしみず)遺跡と野塩西原遺跡にその痕跡を残している。縄文時代に入ると、人口は中期を頂点にして増えたが、後期以降は皆無に等しくなった。その後平安時代中期までこの状態が続いた。人口が増える平安時代後期になっても、居住地域は柳瀬川に近い現在の野塩、中里、下宿にとどまっていた。この時代はまだ井戸を掘る技術が発達しておらず、深い井戸を掘ることが難しかったために川に近い場所に人が集まったものである。

武士が力をつけ武蔵七党が台頭してくると、村山氏の勢力下に入ったものと見られる。

足利尊氏が幕府を開くと、信濃国佐久郡大石郷を本拠地としていた大石氏が勢力を伸ばしてくることになる。大石氏は木曽義仲の末裔とされ、大石信重が1356年5月に戦功により足利氏から武蔵国の入間郡と多摩郡の13郷に領地を与えられた。信重は現在の八王子市と青梅市の中間にあたる場所に居館を定めた。

いつの頃かははっきりしないが、15世紀後半大石氏は柳瀬川の対岸、現在の所沢市に滝の城を設営した。戦国時代になり、甲斐武田氏の勢力が伸張してくると、後北条氏と組み、後北条氏の領地とした。後北条氏の勢力下に入ると、滝の城か対岸の清戸下宿(小字岡)かはっきりしないが、清戸番所が設けられた。清戸番所は現在の関東地方北部に向かう軍事的な要所をなした。滝之城は豊臣秀吉の小田原攻めの際に落城し、今は「滝之城跡」として残るのみである。

明治維新により江戸幕府が倒れると、間もなく清瀬を含む地域に武蔵県が設けられた。この県は廃藩置県で設けられることになる県と違い、天領、旧幕臣領といった幕府直轄の領地だった場所を県と呼ぶことにしたに過ぎない。しかし、1869年1月から2月にかけて新たに品川県が設けられ、清瀬市域は品川県に編入された。名前が変わっただけで、実態は変わっていない。1871年4月の廃藩置県で3府306県が設けられると、清瀬市域は東京府と入間県に分かれて編入された。しかし、同年11月に東多摩郡を除いた多摩郡が、神奈川県に編入された。

1889年4月1日、明治政府は新たに町村制を施行し、上清戸村、中清戸村、下清戸村、清戸下宿村、中里村、野塩村を合わせて北多摩郡清瀬村とした。しかし、この合併は他の多くの自治体同様すんなりと行われたわけではない。特に清戸下宿、中里、野塩の各村からの反対が多かった。これは地味や地租の問題が絡んでいたと見られている。村役場は秋津村を加えた連合戸長制時代に連合戸長役場が置かれていた中清戸に置くことになった。

一方、東京府からは三多摩編入を求める要望が強かった。元々は玉川上水の水質問題に端を発した西多摩郡と北多摩郡の編入運動だったが、東京府に組み込まれた東多摩郡同様に同じ多摩郡だったという理由で1892年に南多摩郡が加えられた。一時政争の具とされたものの、衆議院で編入法案が可決され、1893年4月1日に三多摩が神奈川県から東京府に移管された。

1915年に武蔵野鉄道(現西武池袋線)が開通したが、この時はまだ市域には駅がなく、1924年6月24日になって清瀬駅が開設された。

1954年4月5日に人口増加により清瀬町となった。更なる人口増加により1970年10月1日に清瀬市となり、北多摩郡を離脱した。ちなみに、一番最後まで北多摩郡であった町が清瀬である。清瀬市になったと同時に、北多摩郡は東京都から消えた。

市名の由来

市名の由来には諸説ある。

* 市内の地名「清戸」と、市内を流れる柳瀬川から、一字ずつ取った。
o 日本武尊がこの地を訪れ、木の下で休んだ際に、木の下の土を見て「清き土なり」と言ったことから「清土」の名が生まれ、それが「清戸」に変わったのであるという。
o 清戸の名は、現在も市内に「上清戸」、「中清戸」、「下清戸」として残る。
* 市内を流れる柳瀬川の「清らかなせせらぎ(瀬ぎ)」から名付けられた。

ゆかりの作品

小説・映画

* 鉄塔 武蔵野線 (小説・映画)- 市内を通る実在の送電線「武蔵野線」の物語。映画の撮影は市内でも行われた。

テレビドラマ

* ケヤキ通りの人々(1994年・NHK) - 市内を通るけやき通りにあった実在の喫茶店を舞台としたドラマ。撮影も同箇所で行われた。
* 盲導犬クイールの一生(2003年・NHK) - ロケの一部が柳瀬川流域(一部、所沢市域)で行われた。
* 仮面ライダー第1作(1971年・毎日放送・NET) - 主人公・本郷猛の協力者である立花藤兵衛が経営し、本郷が通っていた喫茶アミーゴは、市内の実在の喫茶店(喫茶「るぽ」)で実際に撮影を行っており、主演のオダギリ・ジョーも撮影に訪れたことがある。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ホーム | 賃貸物件検索 | 賃貸センター | お部屋探しから入居まで | オーナー様へ | 会社概要 | サイトマップ
東京一人暮らし新築賃貸マンションおすすめ賃貸物件情報 | ケータイで賃貸お部屋探し | 不動産ニュース | リンク集
賃貸 | 賃貸マンション | 賃貸アパート | 賃貸住宅 | 賃貸物件 | 賃貸情報 | 不動産賃貸 | トータルハウジング
Copyright (C) 2008 Total Housing, Inc. All rights reserved.
サイトマップ