神津島村
神津島村(こうづしまむら)は、東京都の村。他の伊豆諸島と同じく所属する郡が存在せず「東京都神津島村」が正式な表記である。
伊豆諸島の北部に位置する神津島をはじめ、漁業関係者や釣り人、ダイビングを趣味とする人々によく知られた銭洲などの島嶼より成る。神津島村を所管する東京都の出先機関は大島支庁である。
地理
東京都心の南西178kmの太平洋上に浮かぶ神津島を中心に銭洲、恩馳島、祗苗島などの島々より成る。
神津島の住民のほとんどは、神津島港(前浜)周辺に集中していて、多幸湾の方は、数えるほどしか民家・建物しかない。最近はちらほら多幸湾のほうにも民家が進出し始めている。
神津島
神津島は式根島とは10kmほどしか離れていない。伊豆諸島の有人島としては最も西にある。 神津島はひょうたん型をしており天上山(標高571m)を中心とした北部と秩父山のある南部とに大きく分けられる。
天上山には火口原があり、ここに、「表砂漠」「裏砂漠」と呼ばれる砂地がある。頂上が平坦で高度もあまり高くないにもかかわらず、本州では2000m級の高山に生育しているような高山植物も見られる山である。天上山は838年(承和5)に大規模な噴火をしたことが続日本後紀の記録などから明らかになっている。
南部と北部の間の西側の前浜沿いに主な集落がある。島の他の地域には字滝川、字高処山のように字があるが、この地域には字も町名も指定されていない。
御蔵島や青ヶ島など伊豆諸島には断崖絶壁に囲まれた島が多い中、神津島は比較的平坦で砂浜海岸が多い。
銭洲
銭洲は神津島の西に浮かぶ島である。周辺は好漁場であり、比較的古くから知られていた。国際法上の島であることは確かなのだが定住はしがたい。
歴史
神津島、恩馳島とその周囲の海底には黒曜石が豊富である。後期旧石器時代から石器の材料として採取され、大量に本州に送られた。旧石器時代の人々が船を使っていたことを示す貴重な間接証拠である。採掘は縄文時代まで続き、伊豆半島と関東地方南部に広く流通した。
神話によれば伊豆の島々を造った神様が集まるところということから「神集島」が生まれ、それが転訛して神津島といわれる。古文書のなかには「神集島」と書いているものもある。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

