府中市 (東京都)
府中市(ふちゅうし)は、東京都のほぼ中央にある都市。多摩地域の一部である。
律令時代には武蔵国の国府が置かれた都市であったため、武蔵国の国府という意味で府中と付いた。 他の「府中」と区別する為に「武蔵府中」とも呼ばれる(例:武蔵府中郵便局、武蔵府中税務署)。江戸時代は甲州街道の宿場町として栄えた。旧北多摩郡。
概要
地理的には東京都のほぼ中央に位置し(伊豆・小笠原諸島を除く)、武蔵野・多摩地域の東部に当たる。東京都区部の新宿から22km西、日本橋からは30km西に位置する。
大化改新後武蔵国の国府所在地であったことが知られており、古代より栄えていたことがわかる。鎌倉時代にも要衝地域として重要な地位を占めていた。江戸時代には八王子に次ぐ主要な宿場町として、また近在の物資の集散地として発展する。戦後も多摩地域の主要都市として行政機関、病院等の公共機関が数多く集積する。
交通網としては上記の地理的、歴史的な観点から現在でも東京都区部近郊の交通の要衝として、東西南北(区部、東京郊外、神奈川県及び埼玉県)を結ぶ。これは国府設置以来中心地にある大國魂神社を基点に発達していった事が大いに影響されている。
武蔵野線、南武線、京王線の交差駅を持ち、道路網では甲州街道、中央自動車道を介して東西の区部と郊外とを結び、府中街道、鎌倉街道を介して南北の神奈川県(川崎市・相模原市方面)と埼玉県(所沢市方面)を結ぶ。市内はバス網が充実しており、中央線の各駅から府中市方面に向かって多くの路線が乗り入れている。
生活充実度としては非常に高く、多くの行政機関、病院等が集積し、大企業の研究開発所及び工場等の大規模な施設も多い。平坦地でありながら、多くの緑を有し、広い公園も沢山ある。
市内全域に1万個以上もの集積型の大きな「ゴミ箱=ダストボックス」が配置され美化面からも非常に評価が高く全国に広がっていった。しかし、市外住民が幹線道路沿いのダストボックスにゴミを不法投棄する事件が慢性的に発生し、ゴミの減量の面でも問題が出てきている。
医療面でも市独自に夜間、休日診療環境を用意し、他市に先駆け整備し、育児面では全小中学校への学校給食提供を実施する等、育児世代に高い人気を持つ。加えて防犯意識が強く、不審者情報の共有、連絡が行われている。
高齢者福祉面からも力を注ぎ、市内の各地域文化センターでの入浴設備提供、高齢者見守りネットワーク作りの整備を実施し、11ヶ所の高齢者在宅介護支援センターを拠点として提供している。
特色の1つとして、夜間人口、昼間人口がほぼ同一であり、又、市民の半数以上が市内に通勤・通学している。これは近隣のベッドタウン都市とは違い、職住近接した生活環境であることを示している。
これらから市民の満足度が高く、市のアンケートでもほぼ全市民が将来も住み続けたい街として回答している。又、住みたい都市として都下第二位の人気を誇る。(参考:MAJOR7(メジャー7) マンショントレンド研究室調査、住んでみたい街アンケート2006年)
日本記録としては、選挙投票開票時間日本一(1992年市長選挙での33分)を保持し続けている。 投票用紙を素早くカウントする機器(当市が主催する平和島競艇で使用していたもの)の導入が、開票時間の短縮に大きく影響していると思われる。
地勢
多摩川中流左岸の河川段丘に広がり、多摩川対岸に多摩丘陵を望む。市の南辺は多摩川と一致する。市の中央やや南を府中崖線が、北辺に沿って国分寺崖線が、それぞれ東西に走っている。前者の高さは10mから15m、後者は10mから20mである。北東部に標高79mの浅間山(せんげんやま)があり、麓からの高さは30mほどである。 この2本の崖線と浅間山付近を除けば、ほとんどが平坦な土地で可住地面積率は99.7%である。府中崖線の南側を多摩川低地、両崖線に挟まれた部分を武蔵野台地の立川面、国分寺崖線の北を同じく武蔵野面と呼ぶ。なお、崖線をこの地の方言でハケと呼ぶ。府中崖線の南側に沿って府中用水が流れている。市の北東端を、多摩川の支流の一つ野川が流れている。
古代
旧石器時代からの遺跡が確認されており、分梅町・美好町付近には古墳群もある。大化の改新後、国司が東国に派遣された際、武蔵国造の根拠地・大宮を避け、府中の地に武蔵国の国府が置かれた。国府は大國魂神社付近と推定されており、それ以後関東における政治、経済、文化の中心地として栄えて来た。(なお、武蔵国分寺は国府から約2km、現在の国分寺市内に置かれた。)。古代の東山道武蔵路は武蔵国府から北上する官道であった。
中世
鎌倉幕府の時代は、古文書の中から重要拠点として記載され、中世の鎌倉街道が市内を通り(現在も一部が残り、同名称の街道が併存)、新田義貞と鎌倉幕府軍が争った古戦場もある(1333年、分倍河原の戦い)。
近世
江戸時代には甲州街道沿いが宿場町として栄え、周辺の農地は大部分が天領であった。明治時代以後は北多摩郡の郡役所が置かれた。昭和になって軍の施設(府中基地)も置かれたが、第二次世界大戦期まで主な産業は農業であった。
現代
第二次大戦後は、1950年代以後に宅地開発が進み、行政機関、病院、大企業の研究開発所及び工場機能の集積も相まって人口が急増し、東京都下の拠点都市として発展する。
名称
本来、「府中」とは「国府所在地」を意味する地名で、日本各地に存在する。例えば、旧静岡市は幕末まで「府中」や「駿府」と呼ばれていたが、これは「駿河府中」の略称である。
壱岐国と対馬国を含めて68箇所の国府所在地の中で、現在も規模が大きい市街地となっているのは、ここ府中市(武蔵府中)と旧静岡市(駿河府中)、甲府市(甲斐府中)など少数である。
同一市名
現在、「府中」を称する市名は、東京都(関東地方)の府中市と、広島県(中国地方)の府中市と2箇所存在する。国の方針では同一市名は望ましくないとしているが、東京と広島の両市の市制がほぼ同時に施行されたという特殊事情に因る(東京都府中市の申請が先だったが、市制施行の日付は広島の府中市が一日前の3月31日とした為)。こうした同名市の例として、他に北海道伊達市と福島県伊達市がある。その2006年1月1日までは、唯一市名が重複する例であった。
府中を舞台とした作品
* 『中央フリーウェイ』 - 松任谷由実(発表当時は荒井由実)の曲。ビール工場、競馬場と中央高速沿いの風景が歌われている。
* 『おれはキャプテン』 - コージィ城倉の漫画。『週刊少年マガジン』に2003年9月から連載。狛江の中学校の野球部が舞台で、府中市民球場での試合シーンが多い。
* 『ゲッチューまごころ便』 - 緋采俊樹の漫画。『週刊少年チャンピオン』に1998年36号から2001年49号まで連載。全17巻。主に府中市を舞台とした宅配便コメディ。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

