板橋区
板橋区(いたばしく)は、東京都の特別区のひとつ。
特別区部(23区)の北西部に位置する。現在では全域が市街地になっている。また医療機関が多いことで知られる。
概要
武蔵野台地の北端にあたり、概ね北部は低地、南部は台地となっている。北で荒川、北西で白子川によって埼玉県と接する。荒川に近い北部では、新河岸川が西から東に流れる。南部では石神井川が西から東に横切る。区内は東京の市街地で、住宅地・商業地のほか、北部には工場が多い。
位置・面積
板橋区は、東京23区のうち北西部に位置し、東経139度37分から同44分、北緯35度43分から同48分の間にあり、面積は32.170km²で、23区中9番目である。
地形・地質
地形
東西は北部で約7.1km、南部で約4.5km、南北は東部で約6.7km、西部で約3.4kmあり、南東から北西に長い地形。
地質
当区の高台は武蔵野台地の一部(平均海抜30m²前後)。
この台地は数万年前、古い荒川や多摩川などが流れるはんらん原。武蔵野(成増)礫層の砂利は当時の川が積み残した川砂利である。その後、川の流れはこのはんらん原を掘り下げ、今の荒川や多摩川に、とり残された部分に富士山などの火山灰(関東ローム層)がたい積し、今日の台地をつくるに至った。また礫層の下の地層から貝化石がみつかっているが、これは15万年前の東京層のもので、この層がかつて海の底であったことを物語っている。成増礫層は地質学者の間でも有名な礫層である
地域
おおむね旧板橋町、旧上板橋村、旧志村、旧赤塚村の4地区に分かれる。旧赤塚村地区は埼玉県南部とともに近郊の風景を残している。区では赤塚に支所を設け利便を図っている。しかし区が南北に分かれてしまい、行事も板橋区民祭り・板橋農業祭りと二本立てになっている。
歴史
* 地名の由来や安土桃山時代以前については板橋村を参照。
* 1932年(昭和7年)以前については板橋町、上板橋村、志村、赤塚村を参照。
平安時代ころ、石神井川にかけられていた板橋が当時としては珍しかったため、そのまま地名になったという説が有力である。当時は板橋といえば上板橋の事を指したらしい。江戸時代以降は中山道が下板橋を通るようになったためにそちらを指すようになった。板橋宿は江戸四宿のうちのひとつであり、中山道の江戸を発ってから最初の宿場町で、加賀藩下屋敷もあった。
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