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      <title>地域情報</title>
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      <description>首都圏の地域情報（概要・歴史）です。</description>
      <language>ja</language>
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      <lastBuildDate>Mon, 05 Nov 2007 15:39:25 +0900</lastBuildDate>
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      <item>
         <title>首都圏の地域情報</title>
         <description><![CDATA[首都圏の地域情報（概要・歴史・地名由来・観光名所）です。

<ul>
	<li><a href="http://www.total-housing.com/local/tokyo/">東京都</a> [<a href="http://www.total-housing.com/local/tokyo/23ku/">23区</a> | <a href="http://www.total-housing.com/local/tokyo/tokyo_shibu/">市部</a> | <a href="http://www.total-housing.com/local/tokyo/nishitamagun/">西多摩郡</a> | <a href="http://www.total-housing.com/local/tokyo/tosyobu/">島しょ部</a>]</li>

	<li><a href="http://www.total-housing.com/local/kanagawaken/">神奈川県</a> [<a href="http://www.total-housing.com/local/kanagawaken/yokohamashi/">横浜市</a> | <a href="http://www.total-housing.com/local/kanagawaken/kawasakishi/">川崎市</a> | <a href="http://www.total-housing.com/local/kanagawaken/kanagawakennshibu/">市部</a> | <a href="http://www.total-housing.com/local/kanagawaken/gunbu/">郡部</a>]</li>

	<li><a href="http://www.total-housing.com/local/chibaken/">千葉県</a> [<a href="http://www.total-housing.com/local/chibaken/chibashi/">千葉市</a> | <a href="http://www.total-housing.com/local/chibaken/chibakenshibu/">市部</a> | <a href="http://www.total-housing.com/local/chibaken/gunbu/">郡部</a>]</li>

	<li><a href="http://www.total-housing.com/local/saitamaken/">埼玉県</a> [<a href="http://www.total-housing.com/local/saitamaken/saitamashi/">さいたま市</a> | <a href="http://www.total-housing.com/local/saitamaken/saitamakenshibu/">市部</a> | <a href="http://www.total-housing.com/local/saitamaken/gunbu/">郡部</a>]</li>
</ul>]]></description>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">千葉県</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">東京都</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">埼玉県</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">神奈川県</category>
        
         <pubDate>Mon, 05 Nov 2007 15:39:25 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>千代田区</title>
         <description><![CDATA[概要

区の中央に皇居があり、区全体の約15%を皇居の緑地が占めている。

国会・最高裁判所・首相官邸・中央省庁などの三権をはじめとする日本の首都機能、国家権力の中枢がこの区に集中しており、区内の永田町、霞が関といった地名はもはや日本の政治や官僚の代名詞ともなっている。千代田区はいわば日本の政治・行政の中心といえる。

また、丸の内や大手町は都市銀行本店や全国紙の新聞社など、大企業の本社が集結している。

神田エリアは出版社が多く立地しているなど、本と出版の街であり、書店街の神保町がある。

そのほか、千代田区には、外神田地区の秋葉原電気街、高級住宅地の番町、文京地区の駿河台がある。

都心3区の1つ（残りは中央区、港区）であり、区の大部分がオフィス街及び官公庁街であるため純粋な住宅地は限られている。そのため夜間人口と昼間人口の差が極端であり、夜間人口は約4万4000人で23区で最も少ないが、昼間人口は約19倍の約85万人にまで膨れ上がる。

なお、以前は東京都庁が千代田区丸の内三丁目にあったが、現在は新宿区西新宿二丁目に移転している。


禁煙条例

東京駅など、千代田区の主要な駅の周辺は、千代田区生活環境条例により路上禁煙になっている。違反者は2万円（暫定的に2000円）の過料を徴収される。

指定地区外も公共の場所での歩きタバコをしないように努める義務がある。

<blockquote>出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』</blockquote>]]></description>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">東京都</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">東京都23区</category>
        
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">千代田区</category>
        
         <pubDate>Mon, 29 Oct 2007 16:31:08 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>中央区 (東京都)</title>
         <description><![CDATA[概要

東京の都心を形成する区（都心3区）のひとつである。区内には、銀座、日本橋、築地といった街がある。面積は10.15km&#178;で、23区の中では台東区に次いで2番目に小さい。2006年現在の人口は9万人で、千代田区に次いで少ないが、大商業地域を複数抱えるため、昼間人口は65万人に膨れ上がる。中央区は商業地域としての特徴が強く、建物はビルやマンションが大半を占め、一戸建住宅やアパートは極めて少ない。道路は碁盤目状で、他区と比べると比較的よく整備されている。


地理

区域の西側は江戸時代には日本橋や京橋など下町として栄えた地域であり、東側は同時代からの埋め立てによって出来た地域である。現在、中央区は行政上、日本橋、京橋（銀座・築地などを含む）及び月島の3地域に区分されている。

中央区は終戦直後まで運河と水運の町であった。区内には京橋川・桜川・築地川・汐留川・三十間堀川・箱崎川・浜町川・竜閑川などが縦横無尽に張り巡らされていた。これらの河川は戦後の残土処理や高速道路建設のため埋め立てられ、現在では往時の姿を殆ど残していないが、町や区界はこの河川に沿っていることが多い。

区の北端との区界は竜閑川跡、西端は外堀跡および日本橋川、南端は汐留川跡である。区の東端には江東区との境に隅田川が流れる。隅田川は下流で二股に分かれ（西側が本流、東側は「派流晴海運河」）、その中州には佃や月島、勝どき、豊海町、晴海がある。区の南東部は東京湾に面している。


歴史

近世での江戸郷内前嶋の位置にあたる。
江戸時代の江戸町に相当。寛政の改革では雇用政策として石川島（現在の大川端）に人足寄場が設置された。
1869年築地鉄砲洲（今日の明石町付近）に外国人居留地設置（〜1899年）。
1878年11月2日施行の郡区町村編制法に基づく東京15区のうち、日本橋区（日本橋、人形町、兜町など）と京橋区（京橋、銀座、埋立地の勝どき、月島、晴海など）が現在の中央区に相当する。1947年3月15日、両区を併せて現在の中央区となる。
1947年5月3日、地方自治法施行により、中央区は特別区となる。


地名の由来

東京都特別区（旧東京市）のほぼ中央に位置することから。


逸話

現在の中央区の町名で旧日本橋区の区域にある街は「日本橋○○町」と称している。これは戦後、旧日本橋区と旧京橋区が合併する際に「日本橋」の町名が消えることを避けるために、旧日本橋区の町名に日本橋を冠したことによる。

<blockquote>出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』</blockquote>]]></description>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">東京都</category>
        
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">中央区 (東京都)</category>
        
         <pubDate>Sun, 28 Oct 2007 16:36:53 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>港区 (東京都)</title>
         <description><![CDATA[概要

港区は、企業本社を日本で最も多く構える区であり、いわば日本のビジネスの中心である。特に、虎ノ門・新橋・芝をはじめとしたビジネス街では、経済活動が非常に活発である。そのほか港区内には、六本木・青山などの商業エリアや、麻布・白金台などの高級住宅街、汐留・台場などの大規模開発地区がある。

駐日大使館や外資系企業が多く立地し、外国人居住者も人口の約1割を占める。

<blockquote>出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』</blockquote>]]></description>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">東京都</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">東京都23区</category>
        
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">港区 (東京都)</category>
        
         <pubDate>Sat, 27 Oct 2007 16:41:17 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>新宿区</title>
         <description><![CDATA[概要

東京都に23存在する特別区の一つであり、23区の中央やや西側に位置する。1991年より都庁所在地。本来、山の手とは新宿区内を中心とした高台（武蔵野台地）を指す。

かつての35区が22区（のち23区）に移行した1947年に発足した区であり、行政機構としての歴史は比較的浅い。また、3つの区が「寄り合い所帯」となって誕生した経緯から、個性に富んだ地域が区内に点在する。

古くは甲州街道の通り道として栄えた新宿地区は大繁華街が形成されており、新宿駅は鉄道各路線のターミナルのため昼夜の人口増減が特に著しい。かつては都心のベッドタウンとして人口が急激に増えた北部の落合地区は住宅地となっている。旧牛込区である東部は戦災被害が比較的軽かったため戦後の再開発とは無縁で、古くからの住民によるコミュニティが続く。（四谷地区とともに、江戸時代の武家屋敷に由来する町名も多数残っている。）また、南部は新宿御苑や明治神宮外苑があり、緑が豊富である。

このほか、早稲田大学や東京理科大学など大学・学校も多い。慶應義塾大学病院や東京医大病院、東京女子医大病院などの大学病院、国立国際医療センターなどの大病院も集積している。また、新宿区は都内で最も外国人登録者が多い区である。（外国人のなかでもとりわけ、韓国人と中国人が多数居住している。特に大久保、大久保駅、新大久保駅周辺から職安通りにはコリアタウンをはじめとする、外国人コミュニティが形成されている。）新宿区の発展に伴い、東京都庁や防衛省などの官公庁も移転してきた。

このように、商業地と住宅地、歴史ある地名と再開発地域、多国籍といった、まさに大都市の光景を縮図にした性格を新宿区はもっている。


区名由来

新宿とは、もともとは豊多摩郡内藤新宿町のことである。1920年、東京市四谷区に合併編入された際に新宿一〜三丁目（現在の新宿一〜三丁目全体の区画とほぼ同じ）となり、新宿駅の発展とともに世界有数の繁華街・商業地区へと変貌を遂げた。その名前の由来は、1698年に甲州街道の新たな宿場町として、信州高遠藩内藤若狭守の下屋敷に「内藤新宿（四谷内藤新宿とも）」が開かれたことによる。四谷区・牛込区・淀橋区が合併する際、

    * 「内藤新宿」は古い文献にも出てくるため歴史を感じさせる
    * 新宿御苑（四谷区）や新宿駅（淀橋区）などの言葉が全国的に有名である
    * 区内のほかの地名より「普遍的である」

との理由で新区名に採用された。

この新区名決定は困難をきわめた。そもそもこの合併自体が区側の発議によるものではなかったため反対の声が根強く（淀橋区は中野区や渋谷区と、牛込区・四谷区は文京区や千代田区との合併を模索するような動きさえあった）、これらの声に最大限配慮し対等な合併であることを強調するためそれぞれの区名を新区名に採用しないことが合併の条件として付け加えられた。（『四谷怪談』など四谷という地名は比較的知名度があるとして当初は「四谷区」が新区名に採用される見込みだったが、これにより不採用となった。）歴史的経緯がまったく異なる地区同士の合併であったため地域の総称やシンボルが存在せず、また3区の合併であるため大田区のような合成区名をつけることも難しかった。（この時期に合併して誕生した区は、港区以外はどこも2区合併。また、港区の場合、前身の3区はすべて東京府発足当初から区部だったのに対し、新宿区の場合は四谷区や牛込区といった区部と内藤新宿町や淀橋区といった元郡部にまたがっているため事情を複雑にしていた。）

最終的に新区名は新宿区とすることが決まったが、牛込区はこの名前に当初難色を示した。新宿御苑も新宿駅周辺も牛込区には何ら関係がなく、新宿という「郊外の地区」の名前では牛込地区を連想することができなくなるとの理由からである。（新宿区発足時には他にも新しく9の区名が東京都内に誕生したが、区内の1地区の名称を新区名に採用したのは新宿区だけだった。多くはシンボルなどに基づく瑞祥区名を採用している。）これがのちに、牛込地区を中心に旧町名を残す運動が盛り上がる要因のひとつとなった。


区内の地域

新宿区内を地域分け（区域分け）する方法はいくつか存在するが、合併により誕生した経緯から過去の行政区域を基準としたものが比較的多くみられる。市街地化によりこの基準が細分化されたり、交通網の発達とともに駅周辺が1つの地域として新たに認知されるようになるなど、この基準は月日の経過とともに変動が見られるため、普遍的な地域分けが確立しているわけではない。

代表的なものとして、新宿区の前身である東京市行政区時代の区域を基準にした3地区分類（各地区を四谷地区・牛込地区・淀橋地区などと表現する）がある。ただし、旧淀橋区域は範囲が広いことや、淀橋区が存在したのはわずか15年間であり1地域としての実態に乏しいこと、新宿（旧内藤新宿町域）を四谷に分類するのは今日の実態とかけ離れていることなどから、四谷・淀橋地区を前身1区5町域に細分化した7地区分類を基準に地域分けすることが多い。この基準に住居表示による町名町域変更の影響が加わり、各地区の名称や範囲は変化。戸塚地区は高田馬場・早稲田、旧淀橋町域（角筈・淀橋・柏木）は西新宿・北新宿という名称が定着した。また、相対的に範囲の広い旧牛込区域（牛込地区）において、南部（市谷を冠する町名が集まる地区）は市谷地区、北西部（早稲田大学周辺）は早稲田と呼ばれているが（いずれも牛込区の前身の市谷村域・早稲田村域に由来）、このほか地下鉄東西線沿線地区を早稲田・神楽坂と表現する機会も多くなっている。

<blockquote>出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』</blockquote>]]></description>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">新宿区</category>
        
         <pubDate>Fri, 26 Oct 2007 16:43:49 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>文京区</title>
         <description><![CDATA[文京区（ぶんきょうく）は、東京都の特別区のひとつ。

23区の中央北寄りに位置する文教と住宅の街。明治より夏目漱石等の著名な文人・学者・政治家が多く集まった。出版・印刷、先端医療が盛ん。大規模病院が多い。東京ドーム、講道館（柔道）、東京大学がある。

区の南部には商業地域が幾らかみられるものの、全体としては住宅地が多く、また公園、教育機関、医療機関も多いため、東京の中心部に隣接しているにも関わらず落ち着きのある比較的静かな区である。ダイヤモンド社の週刊ダイヤモンド2007年8月11.18日合併号によると、「安心して住める街」一位である。


歴史

現在の文京区に人が住み始めたのはおよそ18,000年前頃の旧石器時代と考えられている。区内28カ所に縄文遺跡が確認され、本郷台地周辺で貝塚と縄文土器が多数発見されている。1884年（明治17年）に向ヶ丘弥生町（現在の弥生一丁目）で発見された土器は、その発見地から弥生式土器と命名され、弥生時代の名の由来となっている。

鎌倉時代までいくつかの集落のある寒村であった。中世に至って上杉氏の支配下に入り太田氏・豊島氏などの豪族の影響を受け、後北条氏の支配地となり、農村として徐々に発展していたようである。

1590年（天正18年）、徳川家康の江戸入城により、城下の開発が進み、大名屋敷や武家屋敷が置かれたほか、伝通院や護国寺などが創建される。江戸中期には区域の多くが市街化し、中山道の街道筋に商店が建ち並ぶなど商業が活発化した。 明治以降、武家地であった広大な土地は大学や軍用に転用される。幕府学問所だった昌平坂学問所（湯島聖堂）跡に師範学校・女子師範学校が設立される。また、水戸徳川家の上屋敷の庭園が小石川後楽園、柳沢吉保の下屋敷が六義園として都市公園になり緑地化が進む。

1878年（明治11年）、郡区町村編制法により小石川区と本郷区誕生。広大な加賀前田家の屋敷跡に帝国大学（現東京大学）設置、大学周辺に出版社が集まり、それに伴って多くの文人達が集まり、坪内逍遥、森鴎外、夏目漱石、樋口一葉などが居を構えた。その後、急激に都市化する。

1937年（昭和12年）、東京砲兵工廠の跡地に後楽園スタジアム（現在の東京ドーム）が誕生し、戦後のプロ野球復活と共に娯楽地として発展する。 1947年（昭和22年）、市街地編成として小石川区と本郷区が合併し文京区誕生（1947年（昭和22年）3月5日公布、同年3月15日施行）。区の名称は『文京』の名が書きやすく、“文教の府”のイメージと一致しているとして、両区の区議会で採用された。 1999年（平成11年）、35年ぶりに人口増加へ転じている。

<blockquote>出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』</blockquote>]]></description>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">東京都</category>
        
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">文京区</category>
        
         <pubDate>Thu, 25 Oct 2007 16:48:00 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>台東区</title>
         <description><![CDATA[台東区（たいとうく）は、東京都の特別区のひとつ。

江戸時代を通じて、東京で最も古い市街地のひとつで、浅草は有名な下町。東京23区の中央からやや北東寄りに位置し、東側は隅田川に接する。区の中心駅である上野駅には、新幹線も停車する。面積は23区の中で一番狭い。

区は全般的に商業地であるため、純粋な住宅地は多くない。戸建も一部地域を除くと少なく、ビルやマンションなど土地の高度利用が進んでいる。


名称由来

    * 上野の高台の「台」と、上野の東側にある下谷と浅草の下町を連想する「東」を組合わせ、「台東」という地名となり、それを区名とするようになった。


区の様子

    * 上野地区は江戸時代から続く寛永寺の門前町で、現在も東京有数の繁華街である。交通の要衝である上野駅や、日本初の公園で、上野動物園や博物館、美術館など各種文化施設を抱える上野恩賜公園、さらに生鮮食品を中心とした大規模商店街「アメヤ横丁」があるので、多くの人が集まる地域である。続く文京区湯島には湯島天神があり、正月は受験生を中心とした初詣客が多く参拝する。また、パチンコ店やパチンコメーカーが多数存在し、国内有数のメッカとしても有名である。
    * 浅草地区は、東京を代表する下町といえる。浅草寺や仲見世通りなど名所が多い地域で、外国人にも人気があり、正月の初詣客も多い。花川戸にはバッグや靴など皮革製品の卸が多い。西浅草は、調理器具などの卸街「合羽通り商店街」があり、土産物としてラーメンや寿司などの展示用料理サンプルを買い求める外国人もいる。浅草から上野に至る間には、寺院が多い関係で（元浅草，東上野，松が谷，西浅草地区）仏壇や仏具などの卸が多い。
    * 浅草から南に下った蔵前〜浅草橋地区は吉徳大光、秀月、久月など人形の街として有名。玩具関係の卸も多い。浅草橋からさらに南下した中央区横山町・馬喰町にかけては、都内の衣料品卸が集中する地区である。
    * 根岸、谷中周辺も歴史のある町だが、鶯谷駅前にはラブホテルが乱立している。
    * 入谷地区は寺社が多く、有名な入谷鬼子母神がある。毎年7月6日から8日にかけて「朝顔市」があり、アサガオを買い求める人でにぎわう。
    * 千束地区は、酉の市で有名な鷲神社がある。神社の裏手は日本有数のソープランド街である「新吉原」（1966年までの住居表示実施前の地名）。隣の竜泉には、樋口一葉の代表作「たけくらべ」の舞台となったことにちなんで作られた一葉記念館がある。さらに続く清川、日本堤、橋場、隣区となる荒川区南千住周辺は、簡易宿泊所が多い、いわゆるドヤ街といわれる「山谷」地区（1966年までの住居表示実施前の地名）。
    * 台東区秋葉原は、一般に言う「秋葉原」地区のごく狭い一部の地域（一般に言う「秋葉原」地区の多くは千代田区外神田などの住所）。

このように、台東区は歴史ある下町としての名所を数多く持っている。

<blockquote>出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』</blockquote>]]></description>
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         <pubDate>Wed, 24 Oct 2007 16:53:31 +0900</pubDate>
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      <item>
         <title>墨田区</title>
         <description><![CDATA[墨田区（すみだく）は、東京都の特別区のひとつ。

民話「おいてけ堀」は、昔の墨田区が舞台である。水の郷百選に選ばれている。

2006年に区内の押上・業平橋地区に新東京タワーの建築が正式決定した。2011年に、建造物では世界一となる高さ610メートルのタワーが完成予定。観光と防災都市のシンボルにし、世界一の観光都市を目指すという、今後一躍注目される区になる。


歴史

区の北部と南部では、歴史に大きな違い見られる。北部は、平安時代ごろから歴史に登場し、室町時代以降は農村地帯として発展を遂げていた。一方、南部は湿地帯であり、人が住むには極めて向かない土地であった。しかし、江戸中心部が1657年（明暦3年）の振袖火事によって焼け野原になったため、防災対策の一環として武家屋敷が当区南部へと移動することとなった。同時に、竪川・大横川をはじめとする河川の掘削や南北割下水（今で言うところの北斎通り近辺に存在した。）や碁盤目状の道路の整備が行われた。

その後、明治になると、1878年（明治11年）に北部は北葛飾郡に編入され、南部は本所区として成立するようになる。また、工業化の波が押し寄せることとなり、北部も南部も開発が進んでいくようになった。1894年（明治27年）には、現在でも重要な交通手段である総武線が開業した。しかし、このように発展してきたが、1923年（大正12年）の関東大震災により、区域の大半が焼失することとなった。特に、元陸軍被服廠跡地（現在の横網町公園など）では、多くの人が避難をしたものの、猛火に遇い、4〜5万人といわれる多大な焼死者を出した。

やがて、それらによる被害も復興していくようになり、1932年（昭和7年）には、北部に向島区が誕生することとなった。しかし、第二次世界大戦（特に東京大空襲）によりまたもや区内全土は大きく焼失することとなった。

戦後、1947年（昭和22年）に本所区と向島区が合併し現在の墨田区が誕生した。この区名は、隅田川の堤の通称「墨堤」から墨を、隅田川から田を取ったものであった。1963年（昭和38年）までは、町の復興及び発展とともに人口が増加していったものの、その後は頭打ちとなり減少し始めた。また、町工場も郊外や海外への移転などにともない減少していくこととなった。近年では、これら工場跡地にマンションを建てるなどの開発が進められている。なお、人口は横ばいか微増傾向にある。

<blockquote>出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』</blockquote>]]></description>
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         <pubDate>Tue, 23 Oct 2007 16:57:06 +0900</pubDate>
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         <title>江東区</title>
         <description><![CDATA[江東区（こうとうく）は、東京都の特別区のひとつ。 旧深川区・城東区、及び埋立地から成る。


概況

東京都の東部、隅田川と荒川に挟まれた位置にあり、東京湾に面し、東京都中央区、港区、品川区、大田区、墨田区、江戸川区に接する。

江戸時代に埋め立てが始められた地域であり、江戸の東端にあたり、深川地区（旧深川区）には富岡八幡宮をはじめ寺社仏閣が数多くある。区内陸部は古くから住宅地および工業地域として、また錦糸町駅南側は遊興地域として発展してきた。また、区周辺部、特に臨海副都心や南砂地区等は大規模マンションや医療・福祉施設の建設が相次いでいる。近年はマンション建設が相次ぎ人口が増加しているが、区による少子化に伴った小学校の統廃合が行われた後の人口増加のため、統廃合が行われた小学校では生徒の受け入れが困難な状況である。同様に、保育園も不足する事態に陥り、待機児童が増加している。

区の西部（東京市深川区に相当する地域）は関東大震災および東京大空襲などを経て区画整理がされている。

「えとうく」と誤読されることがあるが正しくは「こうとうく」である。区のホームページにもふりがなが振ってある。


区名の由来

「江東」の区名は、隅田川の東に位置するという地理的な意味から、辰巳区、東区、永代区などの候補の中から選ばれた。

1947年2月21日城東区会で、2月25日に深川区会で議決された。江東区の「江」は深川、「東」は城東の意味も含んでいる。

しかし、江東の地名はこの時初めて使われたものではない。すでに古くは江戸時代から使用されており、当時の江東という地域は、本所地区または深川地区を指す意味と、広く隅田川の東部を指す意味があった。

<blockquote>出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』</blockquote>]]></description>
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         <pubDate>Mon, 22 Oct 2007 16:59:05 +0900</pubDate>
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         <title>品川区</title>
         <description><![CDATA[品川区（しながわく）は、東京都の特別区のひとつ。

地理

    * 台地と低地と埋立地がある。
    * 台地は、目黒川の北に芝白金台、目黒川と立会川の間に目黒台、立会川の南には荏原台がある。どれも武蔵野台地の末端である。
    * 低地は、品川地域や大井地域および川沿いに広がっている。


品川区にまつわるエピソード

    * 日本初のビール工場があったとされ、21世紀になって「品川縣ビール」として復刻版が登場し、街おこしに一役買っている。
    * 「東京23区生活実感ランキング2006」（2006年9月HOME'Sリサーチ）で東京都特別区23区の中で各区住民による総合満足度ナンバーワンに選ばれた。

<blockquote>出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』</blockquote>]]></description>
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         <pubDate>Sun, 21 Oct 2007 17:01:57 +0900</pubDate>
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         <title>目黒区</title>
         <description><![CDATA[目黒区（めぐろく）は東京都の特別区のひとつ。23区の南西部に位置する。住宅地として発展。


地域行政・行政サービス

目黒区では、行政の単位として地区・住区という地域単位を設定している。


住区・住区住民会議

目黒区では、住民の利便性を図り、地域ごとの特色ある街づくりを支援するため、独自の行政上の単位として、小学校の通学区域を基本とした22の住区を設定している。住区は、住人の生活に最も密着した地域社会が形成されるような地域単位であると想定され、区の地域政策の基本単位である。

各住区には住区センターが設置され、住民の交流活動や学校外教育活動の場として利用されてきた。また、各住区では、個人、町会、自治会、PTA、商店会、社会教育関係団体等により住区住民会議という組織がつくられ、住区の問題に対して対応するようになっている。

もともと、各住区センターには住区サービス事務所が設けられ、区が行う行政サービスの一部が受けられるようになっていた。しかし、後により広い範囲を基本とした地区サービス事務所が開設されると、行政サービスは地区サービス事務所に移り、現在、住区センターは住区住民会議や住民の集会を行う場として使われている。住区センターには、児童館や老人憩いの場などが併設されている例もある。


地区サービス事務所

行政の効率化を図り、従来、住区サービス事務所で提供されてきた行政サービスの範囲を拡大するために、4つの地区サービス事務所が設置されている。地区はその中で生活が充足できるような地域単位として想定され、住区よりも広い範囲を対象とするような地域政策の単位である。地区サービス事務所では住民票の届出や証明をはじめ、各種の基本的な行政サービスを受けることができる。


行政サービス窓口

地区サービス事務所の窓口業務を補完する存在として、特に人の集まる場所などに設置されている。利用できる行政サービスは、特に利用頻度の高い窓口サービスに限られる。

<blockquote>出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』</blockquote>]]></description>
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         <pubDate>Sat, 20 Oct 2007 17:07:17 +0900</pubDate>
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         <title>大田区</title>
         <description><![CDATA[大田区（おおたく）は東京都の南東部に位置する特別区のひとつ。東京都に23ある特別区の内では最南端にあり、多摩川を挟んで神奈川県と接する。


地理

区域の地形は東京港に面する臨海部の埋立地、南東部の低地、北西部の台地に分かれている。
埋立地には物流拠点や工業団地があり、低地（自然隆起と沖積低地による形成）は住宅、町工場等が混在している。台地（武蔵野台地の東南端に当たる。国分寺崖線、山王から池上に伸びる南北崖線、久が原台、田園調布台、荏原台）は良好な住宅地域となっている。低地と台地の境は坂になっており、区域には名称を持つ坂が約50ある。標高は東から西に向かって高くなり、区域東の埋立地で約1m、区域西の田園調布では約42.5mとなる。


地名の由来

大田は合併した大森区と蒲田区からそれぞれ一文字ずつとった合成地名である。この由来が広く普及していないことから、しばしば太田（※こちらの「太田」を使用する市は群馬県太田市と茨城県常陸太田市）と誤記されがちである。江戸城主・太田道灌の領地だったことに由来して、区名になったという誤伝も見受けられるが、これは字を見ても誤りであることは明らかである。

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         <pubDate>Fri, 19 Oct 2007 17:09:37 +0900</pubDate>
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         <title>世田谷区</title>
         <description><![CDATA[世田谷区（せたがやく）は、東京都の特別区の1つ。


地理

東京都の内、特別区（23区）の南西部に位置し、神奈川県と接する南側には多摩川が流れ、多摩川が概ね都県境を構成する。都心から放射状に鉄道が通り、鉄道間の連絡や、各駅と住宅地を結ぶようにバス路線が走る。区北部は道路網が狭隘で非常に入り組み交通網の発達が十分とはいえない地域となっている。

地形的には大部分が武蔵野台地の内、南部（多摩川の段丘上）に位置し、地形の起伏が多い。南部は多摩川に沿い、区内他地域と比べて全体的に土地が低い。多摩川の段丘の斜面の連なりを国分寺崖線と言い、区ではその一帯を「みどりの生命線」と呼ぶ。

区は世田谷、北沢、玉川、砧、烏山の5つの地域に分けられている。各地域に行政機構の一部として総合支所が置かれる。

人口は都内第一位で、多くを住宅地が占める。二子玉川、三軒茶屋、下北沢などの商業地域や、成城、岡本、上野毛、等々力などの国分寺崖線沿いの高級住宅街等が有名で、等々力渓谷をはじめ自然が多く、林や公園などが多く存在する。


概況

渋谷区から神奈川県にかけて国道246号（通称玉川通り）が東西を横断、都道の環七通りが南北に縦断。これら主要道路の内側を網の目のようにバス路線が設定されている。段差の少ないノンステップバスを多く導入する等、公共交通の確保と高齢化対策を図っている。赤堤通りなど狭隘な道路にもバスが走っており、交通渋滞の原因にもなっている。


住宅地

区内には、東京急行電鉄や東京信託会社などによる早期の沿線開発により一区画100m内外を一軒とした大規模な住宅街区が点在する。漫才コンビの星セント・ルイスによる『田園調布に家が建つ』のフレーズで全国的に知名度をあげた田園調布（但し、田園調布の町名は大田区に存在する。世田谷区内の町名は玉川田園調布）や、著名人や芸能人が住むことで有名になった成城、佐藤栄作が住んでいた清風園のある代沢、広壮な敷地を持つ邸宅の並ぶ閑静な深沢等の高級住宅街がある。現在の深沢七丁目、八丁目地区は、戦前に東京信託株式会社が1912年より「新町住宅地」として開発を進めた邸宅地で、桜並木（桜トンネル）が設けられた。国分寺崖線にはとくに緑が多く、玉川地域の尾山台付近から砧地域の岡本付近まで、広壮な邸宅や高級住宅・マンションが立ち並んでいる。


商業地

国道246号線（通称玉川通り）・世田谷通り・茶沢通りが合流する三軒茶屋駅周辺、小田急線・井の頭線の乗換駅の下北沢駅周辺、京王線の千歳烏山駅周辺、大井町線と東横線の乗換駅の自由が丘駅周辺（南口側）[3]、大井町線と田園都市線の乗換駅の二子玉川駅周辺がそれぞれ区内の商業地として求心力を持つ。

<blockquote>出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』</blockquote>]]></description>
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         <pubDate>Thu, 18 Oct 2007 17:12:59 +0900</pubDate>
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         <title>渋谷区</title>
         <description><![CDATA[渋谷区（しぶやく）は東京都の特別区の一つ。23区の中央やや西よりに位置する。都心5区の一つ。

概要

渋谷区は、国道246号が通っている南部と、甲州街道が通っている北部に大きく分けることができる。南部と北部で街並みが若干異なる部分があるので、分けて説明する。

渋谷区南部

渋谷区南部は渋谷や恵比寿といった都内有数の商業地が広がっている。

渋谷駅周辺

    東急グループの拠点であり、商業活動が盛ん。渋谷駅ハチ公口側に百貨店やファッション専門店、飲食店、カフェ、遊戯施設や風俗施設などが密集しており、センター街、道玄坂、パルコ、109などの定番スポットも多い。

神宮前・表参道

    街路樹が立ち並ぶ表参道沿いには有名ブティックが軒を連ね、また、美容院街でもあり、ファッションに敏感な人々が多く集まる。2006年には、新しい商業施設「表参道ヒルズ」もオープンした。参道の先には明治神宮があり、年末年始の参拝客は日本一である。

代官山

    代官山は表参道と並んでファッションタウンであり、旧山手通り沿いなどには、和洋中の有名レストランも数多い。

恵比寿

    恵比寿はもともとは下町であったが、JR山手線沿線で通勤に便利な立地であることから、近年は駅周辺にオフィスビルが増え、日中はビジネスマンで賑わっている。サッポロビール工場跡地に建設された恵比寿ガーデンプレイスは、オフィス棟と商業棟、居住棟の複合大型施設となっている。

神泉町・渋谷区渋谷

    ともに、渋谷の駅から坂を上ったところにある。「ビットバレー」と呼ばれ、IT関連の一大ビジネス街となっている。

渋谷区南部の住宅地

    渋谷区南部にある住宅地は、一般に高級住宅地として名高い。例えば、松濤・神山町・南平台町・広尾などは、渋谷区の中でも一段と地価が高い地域である。

渋谷区北部

区の北部では駅周辺以外に商業地が少なく、住宅地域として居住人口が多い。地理的、交通的に新宿との繋がりも深い地域である。

甲州街道沿い

    甲州街道沿いには笹塚・幡ヶ谷・初台(本町)の3つの町がある。何れも京王線の駅を持ち、町の性質も類似することから、3つの地名の頭文字を取って「笹幡本町(ささはたほんまち)」とも称される。
代々木
    ここでは代々木駅周辺のみならず旧代々木村の全域を指し、おおむね小田急線に沿って代々木上原や富ヶ谷までを含む広範囲な地域となる。宇田川などの河川によって形成された幾つもの谷があり、地形的には起伏に富んでいる。 

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         <pubDate>Wed, 17 Oct 2007 21:55:26 +0900</pubDate>
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         <title>中野区</title>
         <description><![CDATA[中野区（なかのく、Nakano City）は東京都の特別区のひとつ。

概要

中野区は、東京23区の西部にあり、地形的には武蔵野台地の一角に位置する。区内には、鉄道が数多く通っているため、東京23区内のベッドタウンとして発達してきた。

産業は、江戸期においては、畑作を中心とする近郊農業と、製粉、味噌・醤油醸造など食品工業が整備され、江戸町民の旺盛な食料消費を支える立場にあった。明治中期以降、都心からの転居者などにより人口が増加する。特に1923年の関東大震災以降は、住宅地化が急速に進み、昭和40年代までに農地はほとんど姿を消した。明治以降、工業化もある程度進んだが、企業城下町のような工業的発展はなく、密集した住宅地としての性格が強い。住宅と同様に明治以降、都心から移転してきた寺が多く、また、区に隣接する落合斎場との相乗効果もあり、葬祭関連の産業もみられる。その他商業、企業のオフィス街としての発展は、第二次世界大戦以降それなりにあったが、中野区は東京都でも指折りの住宅密集地区であり、道路都市基盤が全般的に脆弱であるため、都心、副都心地域や都心隣接の下町地域のような商業地区化には至らなかった。中央線沿線地区を中心に専門学校が数多く存在する。また、昭和30年代以降、多くの漫画家が住んだため、現在も漫画・アニメーション製作は、隣接する杉並区と並んで盛んである。近年、中野坂上地区の再開発により、超高層ビルも立つようになり、コンピュータ・ソフトウェア関連の会社も進出してきている。

人口密度は20,067人/km&#178;（2004年10月1日推計）で日本一（2位は東京都豊島区19,278人/km&#178;。以下大阪市城東区、大阪市西成区の順。市では埼玉県蕨市13,799人/km&#178;が最高。）。蕨市が人口密度日本一とされるのは、東京特別区を1都市とした場合である。

道路率は12.9%で23区中22位。狭幅員道路率は84.0%で23区中最下位と、道路都市基盤が脆弱なのが中野区の特徴である。また、公園面積率は2.1%でこれも23区中22位。公園や緑地が少ない区であり、結果として人口密度が高くなっている。

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         <pubDate>Tue, 16 Oct 2007 21:59:01 +0900</pubDate>
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